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参加ありがとう

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 8月22日(火)07時19分46秒
  話しを聞いてもらうだけで、結構満足しております。
歴史的知識も好きですが、陰に隠れたよもやま話なども、結構面白いですね。
これからも、懲りずに遊びに来てください。
 
 

お世話になりました

 投稿者:LAGUNA  投稿日:2017年 8月21日(月)21時44分52秒
  8月20日(日)の「百日紅めぐり」では、毎度のことながらお世話になりました。
今回はお寺からお寺に移動で歩いているときに、塾長から「歴史こぼれ話」を多く聞く
ことができて楽しかったです。
また、貴重な資料の詰まったDVDやレジメをいただき、感謝してます。
塾長の「歴史こぼれ話」に思わず聞きほれてしまいましたが、私の知識がまだまだ塾長の
足元にも及ばないことを強く感じました。
これからも学習して、なるべく塾長のレベルに近づくよう努力する所存です。
今後とも、よろしくご指導をお願いします。
 

面白い講演があります。

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 8月 2日(水)14時49分13秒
編集済
  歴史古街道団主催です。
2017年8月31日  14:00 講演
関戸公民館大会議室(京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」そば)
歴史講演会、講師;天野賢一氏(かながわ考古学財団調査研究部)
テーマ:相模川の縄文集落群が語るもの~川尻中村遺跡とその周辺。

http://rekkodan.a.la9.jp/2017/chirashi/170831.pdf

 

縄文ロードバスの旅2

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 7月27日(木)08時53分10秒
編集済
  翌日は、お天気には恵まれませんでしたが、

諏訪郡原村の阿久(あきゅう)遺跡へ見学です。
村の考古学学芸員さんの案内で、発掘品収蔵庫を見学しました。
すごいのなんのって、縄文時代の紹介の本の中に載っていそうな、色々な土器が復元されていて大喜びです。
縄文初期の無紋土器から縄目模様や線刻模様、細い粘土紐を張り付けて作る模様や、獣顔のついた土器など、さまざまでした。
時代が下がるに従い土器が小さくなってくるのは、採取食物の変化(寒冷化)を示すと考えられるそうです。
学芸員さんの熱っぽい説明に、一同引きずり込まれていました。

つぎは、大きな丸太が「御柱(おんばしら)」の原型を語っているような、「中ツ原遺跡」です。
青森の三内丸山遺跡との関係を連想させてくれました。(縄文交易ルートの存在)

そして、バスは蓼科高原へ登り、白樺湖を通り八ヶ岳中信高原「八島湿原」へ向かいました。

なんと、ここは頼朝が諏訪信仰の行事として大鹿狩りを催した場所「御射山(みさやま)」だそうです。
古文書に書かれた、諏訪明神への奉納品を並べた御供所は、地面が数段の棚状に築造されていました。
鹿を追い立て追い立てし、追い詰めて射る所らしき場所を眺めるのに丁度よい広場には、
「勅使・御桟敷・北条殿・千葉殿・和田殿・佐々木殿・梶原殿」と書かれています。
これを案ずるに、勅使(朝廷の使者)の隣の
「御桟敷」は、源頼朝(将軍の名前は通常書かない)将軍に限って「御」の字を書く。
「北条殿」は、北条時政で将軍頼朝の姑なので、御家人筆頭の席にいる。
「千葉殿」は、鎌倉幕府筆頭長老の千葉介常胤、
「和田殿」は、幕府侍所別当の和田左衛門尉義盛
「佐々木殿」は、頼朝が一番可愛がった佐々木左衛門尉定綱
「梶原殿」は、侍所所司の梶原平三景時
と想像されます。向かい側の信濃勢桟敷には「海野・望月・根津」など諏訪一族の名があります。
これは、海野小太郎幸氏・望月三郎重隆・祢津二郎宗直らかも知れません。
朝カルの「吾妻鏡を読む」講座で、故先生から何度も話を聞いていた場所に行けたので大感激でした。

その後、八島湿原の木道を散策したら、ニッコウキスゲを始め高山植物類が花盛りでした。
実は、その散策中は「ドシャブリ」だったのです。
 

縄文ロードバスの旅1

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 7月26日(水)11時05分42秒
編集済
  一日目は、まず韮崎市穴山町の厳宮諏訪神社。山梨県神社庁のHPには下記の通りあります。

「甲斐國志に巨巖を神として祀れりとあり、巖を御神体とした古い地主神と思はれる。社記によると、武田信玄公諏訪攻略の砌戦勝祈願され、大願成就帰途、「諏方大明神本宮」の木札を奉納されたとある。明治初年村社に列せられる際、巖宮社と改称し、日露戦役記念事業として、明治三十九年巖に洞穴を穿ち本殿を遷祀した。もと、諏訪明神である故をもって昭和五十八年十月十日「巖宮諏訪神社」と改称した。」

ここの、磐座(いわくら)の素晴らしいこと、しかも男神(おがみ)と女神(めがみ)の二つの磐座が寄り添うようにそばにあるのです。
このように神の憑代(よりしろ)がきちんとあるのは珍しい。
これはもう、縄文時代の古代信仰の場所であり、聖地なのであります。
東北蝦夷(縄文人)の私としては、親戚にあった気分でした。

それから何か所か史跡阯をめぐり、武田勝頼滅亡の「新府城」へ登りました。
夏の山城めぐりは、きついものがありますが、南端の枡形や丸馬出しが、往時のまま残っていました。
どんなに堅固に城を築いても、時代の趨勢にはかなわないのですね。
二日目は、あとで書きます。
 

歩いてきました

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 7月25日(火)23時30分7秒
編集済
  歴史古街道団の信州縄文ロードを訪ねる旅行に参加して来ました。
詳しいことは、明日にでも書きます。
 

こちらこそ

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 7月22日(土)20時30分7秒
  楽しんで戴けるのが、私の喜びなのであります。
次回の八月は、本覚寺から東南方向、いわば三浦道を南下しながら、百日紅の紅色や朱色を楽しみます。
これたら、来てください。当日の都合でどうぞ!
 

こちらこそ~(^^)v

 投稿者:平野めぐみ  投稿日:2017年 7月22日(土)15時06分36秒
  通称「東身延」を参拝できて有難かったです。
今、ちょうど琵琶で「龍の口」を練習しているところなのです。
握り福という珍しいお守りも、塾長に教えて頂かなければスルーしていました。
何よりも歩いた後のビールが最高でございました。
次回も宜しくお願いいたします。(未定ですが…)
 

参加ありがとう

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 7月16日(日)21時21分4秒
編集済
  知識については、色々話したくて仕方がない人なので、気楽に聞いてください。
楽しい・面白いエピソードを用意するように心がけます。
本日も参加戴き有難う御座います。

今日、参加いただいた皆さん、ありがとうございます。
しかも、飲めない方まで無理やり養老まで来てくれて、ありがとうございます。
それと、平野さん、遠くから有難う御座います。
それと、いつも優しく遊んでくれる、サッチャンとピアさん、ありがとう。
 

毎月楽しみです

 投稿者:LAGUNA  投稿日:2017年 7月16日(日)18時49分22秒
  本日、「蓮の花めぐり」のミニ・コースに参加しました。
鶴岡八幡宮の源平池の蓮の花が丁度見どころのせいか、
多くの観光客で混雑していました。
最近では、修学旅行の生徒だけでなく、外国人観光客の増加に目を奪われます。
加藤塾では、いつもながら知らなかったエピソードや知識を教授していただき、
「無料」で申し訳なく思っています。
本日は有難うございました。また、お疲れ様でした。
 

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