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嘗て、京都を旅した時、清水寺の帰り道に鳥辺山墓地内を廻ってみました。
好奇心旺盛でしたから、何方か有名人の墓所はないのだろうかと、墓地内をうろついていますと、親鸞聖人の荼毘の跡地と書かれた案内板の前にたどり着きました。
案内板の説明に示す場所をよく観ると、明らかにそこの一画だけが、土の色に変化があり、赤茶けていました。
親鸞聖人死去後、此処で荼毘に付された場所である事を示していました。
800年近く経過しているにも関わらず、痕跡が確り残っていました。
手の爪の先で一寸引っ掻いてみましたが、骨片は付着してきませんでした。
GETしたら、それこそお宝になると疾しい気持ちが、頭を過ったからです。
しかし、この邪悪な目的を遂げる等の事はありませんでした。
罰が当たったのでしょう、その日の夕方、食事中に飯物を持つ食器を手ぼろして床に落としたり、翌日の新幹線の切符を確認チェックすると、乗車券だけで、肝心の特急券が見当たらなかったり、あと他に、此処では言えないこと等々が起こったりで、間違いなく罰が当たってしまったかのようでした。
追伸:親鸞聖人の母親は、清和源氏の八幡太郎義家の孫娘の「吉光女」とされていますが、これって、嘘っぽいと想うのですが、これを読まれた方、調べてみて下さい。
そもそも、こちらの事を書こうとしたのに、罰当たりの話で終わってしまいました。
親鸞聖人のご誕生年は1173年ですので、かなり無理があるように想えます。
源義家―義親―為義―義朝―頼朝 (孫という事は、義親の子だよ???)
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