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縄文ロードバスの旅1

 投稿者:@塾長  投稿日:2017年 7月26日(水)11時05分42秒
  通報 編集済
  一日目は、まず韮崎市穴山町の厳宮諏訪神社。山梨県神社庁のHPには下記の通りあります。

「甲斐國志に巨巖を神として祀れりとあり、巖を御神体とした古い地主神と思はれる。社記によると、武田信玄公諏訪攻略の砌戦勝祈願され、大願成就帰途、「諏方大明神本宮」の木札を奉納されたとある。明治初年村社に列せられる際、巖宮社と改称し、日露戦役記念事業として、明治三十九年巖に洞穴を穿ち本殿を遷祀した。もと、諏訪明神である故をもって昭和五十八年十月十日「巖宮諏訪神社」と改称した。」

ここの、磐座(いわくら)の素晴らしいこと、しかも男神(おがみ)と女神(めがみ)の二つの磐座が寄り添うようにそばにあるのです。
このように神の憑代(よりしろ)がきちんとあるのは珍しい。
これはもう、縄文時代の古代信仰の場所であり、聖地なのであります。
東北蝦夷(縄文人)の私としては、親戚にあった気分でした。

それから何か所か史跡阯をめぐり、武田勝頼滅亡の「新府城」へ登りました。
夏の山城めぐりは、きついものがありますが、南端の枡形や丸馬出しが、往時のまま残っていました。
どんなに堅固に城を築いても、時代の趨勢にはかなわないのですね。
二日目は、あとで書きます。
 
 
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