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関東地方の言葉で、特に、鎌倉&下総で使用される訓読み語であります。
語源はアイヌ語で、低湿地帯の事を意味し、下総では古来日常的に使われていた言葉であることから、下総の人々が鎌倉に持ち込んだものと想われます。
鎌倉にはいたる所に谷あいが存しており、その全ての地が、下総で言うところの低湿地帯の環境と同様であることから、この様に表する事となったと想われます。
本日訪問した東勝寺跡地一帯は葛西ヶ谷と呼ぶ地区で、「かさいがやっつ」と表します。
葛西ヶ谷の名は源頼朝の御家人であった、葛西三郎清重の住んだところからついたといわれます。
鎌倉の山々は複雑に入り組み、その谷合いに谷戸を有し、其処に遺存したと言い伝えられる寺院名や御家人名を、谷の上に冠することが多くみられます。
葛西三郎清重:鎌倉幕府創業の功臣。弓馬の達人。下総国葛西御厨を本領とする。治承4(1180)年源頼朝挙兵の直後,父親豊島清元と共に,御家人の列に加わる。文治5(1189)年奥州合戦では,阿津賀志山の平泉勢を討ち,功績により,奥州惣奉行に任命された。
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